Synergyシナジー

Synergy

2030年を見据えた大量生産・消費モデルからの転換を促すプラットフォームを目指して

  • 株式会社ECOMMIT
    代表取締役CEO 川野 輝之 (中央左)
    取締役CBO(Chief Branding Officer)山川 咲(左)
  • 日本郵政株式会社 JP未来戦略ラボ
    部長 安部 耕太(中央)
    グループリーダー 築地 哲平(中央右)
    グループリーダー 石井 雄飛(右)
まえがき

まえがき

2021年7月、日本郵政グループ内の30代の中堅メンバーが集められたグループが出来た。「JP未来戦略ラボ」。市場の変化を検知・予測し、グループを横断した目線でビジネスモデルの転換も含めたイノベーションを起こすための組織である。

その「JP未来戦略ラボ」が声をかけたのが、衣類等の不要品回収・再流通をはじめとするバリューチェーンの再構築に挑み、『地球にコミットする循環商社』を標榜する鹿児島発のスタートアップ「ECOMMIT(エコミット)社」だった。

そして、その橋渡しをしたのが、郵政のネットワークを最大限に生かし、投資先を通じて地域社会を支援することをミッションとしている日本郵政キャピタル株式会社だった。

今回、その三者が見ているのが2030年を見据えた大量生産・消費モデルからの転換を促すプラットフォームである。それは、日本郵政グループが「JPビジョン2025」の中で挙げている「コアビジネスの充実強化による成長とビジネスポートフォリオの転換」の軸の一部となるべく進行中だ。

社会システム全体の問題を解決し、高度成長期のビジネスモデルを変える

社会システム全体の問題を解決し、高度成長期のビジネスモデルを変える

インタビュアー: ECOMMIT社のホームページを拝見すると大きな輪の中に「製造」「販売」「消費」「回収」「選別」「再流通」のバリューチェーンが描かれています。改めて、このバリューチェーンの中で解決しようしていることの本質は何でしょうか?

ECOMMIT 川野 輝之 代表取締役CEO: 大量廃棄によって環境負荷の負債が蓄積しているのに、なかなか減る方向にはなりません。何故でしょうか。分かりやすい大きな問題として、まず「ビジネスになりにくい」と思われているということがあると思っています。
高度成長期から続いている、企業の求める経済合理性、そして消費者の求める利便性や価格。大量生産システムは企業、消費者の両方にとって非常に都合のいい仕組みです。
企業は大量生産によって生産コストを下げ、消費者は気軽に買って不要になれば気軽に捨てる。慣行化している仕組みです。でもそこで、例えば企業が生産量を精度高く予測でき、余ったとしても商品を回収し、再販売することができれば、企業の成長と資源の有効活用を両立することができ、大量生産システムから脱却できるようになります。
そして、半ば当たり前ですが、物流の仕組みも生産を起点としています。生産から配達まではスムーズですが、逆に使用後の製品などの回収を起点とした物流はモノやサービスによって、バラツキがあるのはお分かりいただけると思います。「下り」は速いのですが「上り」は遅い、もしくはそもそも道がないわけです。インフラ不足です。
作り手である企業や買い手である消費者はそれぞれ最適な行動をしています。それなのに正の方向に向かわないというのは、作り手や買い手が悪いというのではなく「社会システム全体の問題」なのです。
ECOMMITは「社会システム全体の問題」として、バリューチェーンの再構築を目指しています。一例として、東京の丸の内地区のオフィス街や東京豊洲のマンションに衣料品の回収ボックスを設置するような取り組みを行っています。そして、今回、日本郵政グループとの協業の取り組みとして、郵便局内に「PASSTO」(パスト)というECOMMITの不要品回収ステーションの設置を開始しています。

ECOMMIT 山川 咲 取締役CBO(Chief Branding Officer): 「社会システム全体の問題」が存在し続ける一方、その社会を構成する人々の環境に対する意識はこの5年ぐらいで、本当にガラッと変わってきたように思います。

私たちECOMMITで言っても、状況は大きく変化しています。まず分かりやすいところだと、当社の採用の環境変化です。有名な企業や経営の立場を捨ててでも、仕事でこのアジェンダに挑みたいという方が増えています(この分野を仕事にできるという驚きも。)。以前は、提携先企業にアプローチしても話を聞いてもらうまでに時間がかかりましたが、今は違います。この分野に参入する方々や他企業のアクションは今や、部署が明確にできて推進されています。

一般の市民にも環境負荷の問題を認識している人は多いです。しかし「何とかしたいけれど、何をしたらいいのか分からない」というのが、本音だと思います。

私はこの4月に開校した「神山まるごと高等専門学校」にも創業メンバー/理事として関わっていますが、教育にも似たようなことが言えると思います。世の中には学校を作りたいと思っている人が数多く存在するのですが、みなさんが「何をしたらいいのか分からない」とおっしゃいます。

この「絶対やったらいいけれど、何をしたらいいのか分からない」という状況に対して、皆さんが「こうすればいいのだ」と思える、わかりやすい参加の仕方を提案していくのも、ECOMMITの大切な役割です。

JP未来戦略ラボの視点は2030年からのバックキャスト

JP未来戦略ラボの視点は2030年からのバックキャスト

インタビュアー: JP未来戦略ラボの未来とは、どれぐらい先の未来ですか?そして、本提携を含め、どのようなプロセスを経てアクションアイテムが設計されているのでしょうか?

日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部 耕太 部長: 今回のECOMMIT社との提携では、2030年を見据えました。そして、アクションアイテムの設計はバックキャスト思考(ゴールからの逆算)で行っています。

JP未来戦略ラボではグループ横断的な目線で5つの領域を見ています。具体的には「マーケティング」「新サービス」「マネジメント改革」「人事戦略」「フロントライン業務改革」になります。今回の提携では、5つの領域のうちの「マーケティング」を担当するチームが中心となって進めたものです。

「マーケティング」チームでは、2030年の世界を展望する際に、お客様の潜在ニーズを捉えること、即ち「お客さまの徹底理解」が必要と考えました。DX等、世の中の流れやお客様の潜在ニーズを踏まえた将来の社会像を起点としたバックキャスト思考が本プロジェクトのはじまりです。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 石井 雄飛 グループリーダー: マーケティング班では、「お客さまの徹底理解」を進めていくにあたり、普段郵便局に来ていただいているお客様ではなく、普段来られないお客様、平たく言うと「非ユーザー」の声に耳を傾けました。

すると挙がってきたのは、日々のちょっとした困りごとの解消、たとえば「衣類の処分・回収」などでした。ネットオークションやフリマサイトで売れるのは分かっているけど、そこまでの手間をかけたくない、そういった声でした。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 築地 哲平 グループリーダー: こうした調査結果を受け、我々もECOMMIT社と同様にエコに対する消費者の意識の変化を目の当たりにし、新規の探索領域として衣料回収のアイデアが出ていました。実行に移すためにパートナー企業を探していたのですが、一口に衣料回収といっても実務で手掛けている範囲にも差異がありました。
ECOMMIT社は、回収ボックスという仕組みを既に持っている点で、JP未来戦略ラボが求めていたパートナーの要素とばっちり適合したのです。

スタートアップが提携を決めたJP未来戦略ラボの熱意

スタートアップが提携を決めたJP未来戦略ラボの熱意

インタビュアー: JP未来戦略ラボが求めていた要素にECOMMIT社が合致したわけですが、一方でECOMMIT社からみると、今回の提携においてはJP未来戦略ラボ以外にも選択肢があったように思います。その中でJP未来戦略ラボをパートナーに選んだ決め手は何だったでしょうか?

ECOMMIT 川野: 提携先については、回収拠点というタッチポイントがあることを大前提に、いかに生活者の暮らしに身近であるか、ものを循環させるサービスと事業の親和性が高いかでリストアップを行っていました。当然、日本郵政グループの名前も入っていたわけですが、その日本郵政グループの中からコンタクトしてきたグループの名前が「JP未来戦略ラボ」というのには、正直びっくりしました。

そして何よりびっくりしたのは、踏み込んだ提案内容と、担当の方々の「熱意」でした。話していて、柔軟性がありながらも「熱意」がある。そして、リユース・リサイクルや回収といった業務独特の難しさも理解されていました。一緒に仕事をしたいと思いました。

また、これは別の文脈での話ですが、日本郵政グループといえば、祖業に手紙があります。手紙を届けるというのは、見方を変えると「人と人をストーリーでつなぐ」という手順でもあると思っていました。ECOMMITの掲げる循環商社というストーリーと深いところでつながっている何かがあると思っています。

ECOMMIT 山川: 郵便局というのは社会においてシンボリックな存在ですよね。立地も生活密着型で、ある意味、経済合理性とは離れたところにあったりします。そして、雨でも風でも届けてくれる「郵便屋さん」の誠実なイメージ。今でもポストに「ご苦労さまです」と書いてあるのを見ると、顧客との接点、関係値のレベルが違う次元のところにある気がします。

ECOMMITもお客様から物をお預かりして、誠実に循環のサイクルに乗せて行きたいと思っています。そこに誠実というワードにもつながりを感じました。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 築地: リサイクル業には、負の側面、倫理に反する再流通や投棄などの問題が内在しているのも事実で、時々、関連した報道が出たりするのは皆さまもご存じの通りです。我々は、適切な循環スキームを作りたいと思っており、その点でECOMMIT社の再流通に対する誠実な姿勢は非常に心強いと感じました。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 石井: 今回の取り組みは、郵便局に衣料品のリユース品回収BOXを置く(パスト事業)というものになります。日本郵政グループは組織が大きいため、実現にあたっては多方面の調整も必要でしたが、あくまで顧客目線を貫いて実現していきました。結果、多くの人の協力を得て、この取組みをスタートすることができました。

よい社会にするためのハードルを下げ、意味あるムーブメントを引き起こす

よい社会にするためのハードルを下げ、意味あるムーブメントを引き起こす

インタビュアー: ECOMMIT社の事業は、いいこと尽くしのように見えますが、実際は、ご苦労や実現するための工夫もあったと思います。また、川野CEOは「note」(note株式会社が運営する投稿メディア)にもご自身で投稿、発信されています。このあたりの経緯やきっかけについて教えてください。

ECOMMIT 川野: 事業を立ち上げて17年目になりますが、まだまだ規模が小さく、最終的に「意味あるムーブメントを起こす」ことが、重要だと考えています。直近で衣料にフォーカスしているのは、廃棄の規模が大きく社会課題としても大きいから、そして、買って捨てるのサイクルも早く、ライフスタイルへの影響が大きいと考えるからです。

ECOMMITでは、年間5,000トンの衣料を回収しています。これは国内廃棄量の約1%にあたりますが、ここまで15年を超える歳月を経て、やっとたどり着いています。しかしながら、目指すところはまだまだ遠い上に、地球環境の悪化を食い止めるには圧倒的にスピードアップしていく必要があります。

noteで発信している理由ですが、実は外発的な動機がきっかけ。創業時の役員であり、現在の鹿児島県日置市、市長である永山由高が、政治を目指してECOMMITを離れる際に私に言ったんです。「ECOMMITの実現したいことを社会に伝えるために、noteを書け」と。

noteを書くことは、当初はある種の苦痛が伴いましたが、面接に来た方がnoteを読んでくださったりしていて、発信がポジティブな共感を与えていると分かると、我々の取り組みへ参画するハードルを下げていることが実感できるようになりました。

苦労という点では、事業のマネジメント変数が多いというのがあります。リサイクル業というのは、運送業の要素もあり、物流コストの影響を受けます。積載率が高くないといけません。また衣料においては、キログラムあたりの単価が高いほうが、事業の健全性が高まります。そして、保管が発生するということはインベントリターン(在庫回転率)の概念も出てくるわけです。

そして、ECOMMITでは、回収した物を仕分けして、販売先を決めていますが、最も付加価値の高い売り先の組み合わせを選ばなければなりません。常に変数との闘いです。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 築地: JP未来戦略ラボの立場から補足すると、生活者の視点で衣料回収のハードルを下げるための、仮説立てと検証を行っています。

大きなところだと、都市生活者と郊外型生活者に対するアプローチです。今回、最初に東京・渋谷の郵便局と、千葉・流山の郵便局に回収ボックスを置いたのはそのような理由があります。

今回の取り組みは、生活者に合わせた設計をしないとインフラとして機能しないと考えており、初動のデータでは仮説通りの結果が出ています。

これからのECOMMITとJP未来戦略ラボの行き先

これからのECOMMITとJP未来戦略ラボの行き先

インタビュアー: すでに成果も出ているとおもいますが、これからのECOMMITとJP未来戦略ラボが向かう先について、どのようにお考えですか?

ECOMMIT 川野: 地球の資源には限りがあります。私たちが目指す、廃棄を減らし、捨てない社会をかなえることの先に、天然資源の利用を抑え、この地球を維持するという未来を描いています。手紙に載せた思いを運んできた郵便局が、未来を繋ぐ資源を運んでいると思うと、本当に望んできた未来が近づいてきている気がします。

おかげさまで、お声がけいただく企業の数も増えてきました。
今後はさらに回収できる品目の拡大や、それに伴うデータの取得、トレーサビリティによる循環の「見える化」を強化していきたいです。
新品の材料に比べ、再生資源は安定供給に欠ける点があります。サプライチェーンにつながっていく資源回収のデータの精度が上がれば、再生資源のポテンシャルが更に上がると思っています。

自治体を取り巻く環境も大きく変わってきており、危機感が高まって来ています。物の廃棄には焼却が必要ですが、焼却のコストは税金でまかなわれています。人口減少局面においては、物の廃棄も減りますが、一人当たりのコスト負担が逆に上がる傾向にあります。

最終処分場の問題も切実です。環境省によると残余年数は21.4 年(※1)となっており、いずれ処分先がなくなります。また、廃棄関連の法律は、50年以上前の昭和45年(1970年)に公布された「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」がベースとなっており、近いうちに時代に合わせた規制の変更も必要になると思っています。

フランスでは数年前に「資源の循環と廃棄物の削減を目指した循環経済に関する法律」(※2)が公布され「衣類が安易に捨てられない」状況になっています。これから先、追従する国も増えるでしょうし、ECOMMITの役割もさらに重要になってくると思います。
大量廃棄がなくならず、最終処分場の残余年数がゼロに近づき、世界的な流れからも日本が遅れをとる・・・そうじゃない未来のために、個人や法人を問わず、出来るだけ多くの人が参加できる仕組みとカルチャーをつくり、未来を変えていきたい。そのためには1社の力では到底足りないし、間に合わない。郵便局を始め、業界の垣根を超えて様々な企業、自治体との連携を加速し、この課題に挑んでいきます。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部: 設置した回収ボックスは想定以上にご利用いただいています。既存の物流網を活用して、郵便局の来局動機に「衣類回収」という項目を確立できれば、未来に向けた新たな店舗価値の一つとなると考えています。

ECOMMIT 山川: 郵便局に実際に行く機会は減ってしまいましたが、私たちの意識には、強く郵便局という存在があります。この取り組みを通して、また人々が「今日は郵便局に行きたい」と思える未来があって、PASSTOに限らず郵便局の元来の目的のように、そこで誰かが未来を思うアクションができたらなら、本当に素敵なことだなと思います。

日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部: 冒頭でバックキャストのお話をしましたが、JP未来戦略ラボのプロジェクトの実行にあたってはアジャイル(問題や課題を小分けにして素早く実行・検証する手法)を取り入れています。日本郵政グループのリソース、ネットワークをフル活用して今回の取り組みを更に推進したいと思っています。

日本郵政グループには150年超の歴史がありますが、郵便・貯金・保険と展開してきた歴史はイノベーションのかたまりでもあると思います。ECOMMIT社の提携が同じようなイノベーションを起こすはじまりとなるよう取り組んでいきます。

あとがき

あとがき

今回のインタビューで思い出したことが二つあった。一つ目は、京セラの創業者、稲盛和夫の言葉「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」(※3)。ECOMMIT社が複数の提携先の候補からJP未来戦略ラボを選んだ決め手は、メンバーの「熱意」だった。

二つ目はビジョナリー・カンパニーに出てくる「第5水準の経営者」(※4)。ECOMMIT社の川野CEOが話す姿に、第5水準の経営者と重なるものを感じたからだ。第5水準の経営者とは「個人としての謙虚と職業人としての意思の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、偉大さを持続できる企業を作り上げる」と同書には書かれている。

ECOMMIT社とJP未来戦略ラボが実現しようとしている循環のバリューチェーンの動力源は、「熱意と意思の強さと謙虚さ」という「人の力」であったことが印象深かった。



(※1)
一般廃棄物の排出及び処理状況等(令和元年度)について ~環境省
https://www.env.go.jp/press/109290.html

(※2)
資源の循環と廃棄物の削減を目指した循環経済に関する法律
事例 フランスのファッション業界の取組 ~消費者庁
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2022/white_paper_example_13.html

(※3)
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力 ~京セラ 稲盛和夫 オフィシャルサイト
https://www.kyocera.co.jp/inamori/about/thinker/philosophy/words43.html

(※4)
ジム・コリンズ. ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則.日経BP, 1995
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/95/P48430/

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