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読者のみなさまは「郵便局へ行く」というと、どのようなイメージをお持ちだろうか。
切手やレターパックの購入、郵便物の発送、ゆうちょ銀行のATM利用、窓口での手続き、そして、かんぽ生命の申し込み窓口といったイメージを持たれるのではなかろうか。
その「郵便局」が変わろうとしている。郵便局に「体験スペース」の機能を付加する「JPショールーム」 の誕生である。
今回のインタビューに登場するのは、その「JPショールーム」の仕掛け人である「JP未来戦略ラボ」と、家電や季節性商品を定額性でレンタルする「Alice.style PRIME(以下、アリスプライム)」 (https://www.alice.style/)を提供する「ピーステックラボ」である。
二者による「JPショールーム」 を通じた取り組みと、そこに込められた想いを紹介していきたい。
「アリスプライム」JPショールーム:出展期間
東京都内
渋谷郵便局 2023年12月1日(金)〜2024年1月25日(木)
本郷郵便局 2023年12月1日(金)〜2024年1月25日(木)
東京中央郵便局 2024年2月1日(木)予定 〜
愛知県名古屋市内
千種郵便局 2023年12月1日(金)〜2024年1月25日(木)
※出展期間延長等による期間変更の可能性あり。
インタビュアー:
今回、「JPショールーム」という場を通して、二つのラボ、「ピーステックラボ」「JP未来戦略ラボ」がつながりました。
「ラボ」には「研究室」と「実験室」といった二つの意味がありますが、「ピーステックラボ」「JP未来戦略ラボ」、それぞれの「ラボ」に込めた意味をお聞かせください。
株式会社ピーステックラボ 代表取締役社長 村本 理恵子:
わたしたちの「ピーステックラボ」の「ラボ」には、研究に近い「考える会社」であるという意味が込められています。
一方で、ピーステックラボはスタートアップであり、事業会社でもあります。研究や実験といった意味合いの活動も当然必要ですが、実験だけでは事業収益を生み出すことは出来ませんので、その点は違うと思っていただけると嬉しいです。
そして、ピーステックラボでは「10年後の常識を作りたい」という想いをもとに、「持たなければいけない」(所有)という概念を「使いたいときにだけ使う」(体験)を実現するプラットフォームして、「アリスプライム」というサービスをリリースしています。
所有から体験への変容を、インターネットやロジスティックスのテクノロジーを駆使しながら実現していく。その意味では「ラボ」には、技術・開発、テクノロジーのコンテクストも含まれていると言えるかも知れません。
日本郵政株式会社 JP未来戦略ラボ 部長 安部 耕太:
日本郵政グループの変革・共創プラットフォームとして「JP未来戦略ラボ」が出来たのは、2021年の7月です。この「ラボ」という名称をどう解釈し、さらなる意味付けをしていくか。わたしたちの中でも議論がありました。
「JP未来戦略ラボ」は、日本郵政グループ各社の若手を中心として組成され、グループを横断して変革を推進する組織です。出だしから「ラボ=研究」というイメージが定着してしまうと、グループ内の研究機関・シンクタンクといった位置づけと捉えられてしまいます。
研究機関・シンクタンクが良い・悪いという話ではなく、わたしたちはJP未来戦略ラボという組織ができた機会を好機と捉え、試行錯誤しながら新しい取組みを実際に目に見える形にしていく「実現の場」としての機能も持たせたかったのです。
そして、最初に何をやるべきかを考えました。見据えたのは2030年の未来です。日本郵政グループのアセットの本質はどこにあり、何が実現できるのか、そのとき(2030年)の社会課題は何なのか?バックキャスト(未来に目標を置いて逆引きで考える思考法)を用いて考えていきました。
偶然か必然か分かりませんが、2030年というのは、奇しくもピーステックラボ社の「10年後の常識を作りたい」と重なっています。お互いに顧客体験価値提供の重要性を意識している点も含め、共創のパートナーとして強いシンパシーを感じています。
インタビュアー:
今回、二つの「ラボ」が共創するきっかけとなった存在にピーステックラボが展開する「アリスプライム」と、未来戦略ラボが展開する「JPショールーム」があると聞いています。
ともにユーザーと物理的接点を持つサービスですが、新型コロナウイルスが落ち着いた今、それぞれのサービスが持つ意味は以前より増していると思います。サービスの詳細について教えてください。
ピーステックラボ 代表取締役社長 村本:
わたしたちの会社は「モノの貸し借りを通して、体験を平等に提供できる社会をつくる」ことを標榜しています。
「アリスプライム」は、家電や季節性商品といったものを、好きなときに好きなだけ使える、定額制(サブスクリプション型)サービスです。お得にレンタルができるモノのオンデマンドサービスと言い換えてもいいかも知れません。月額3,880円(税込:2023年12月現在)で、話題の最新家電や美容家電など、800種類以上の商品が自由に使えます。返却期限もなく、月に何度でも好きな商品を自由に使えるところも特長です。
モノの貸し借りアプリとしてサービスリリースした「アリススタイル」の運営で見えてきた課題が、返却期限へのストレスや長期間利用時のコストなど、モノを借りる際に生じるペインでした。「アリスプライム」でこれらのペインを解消したことで、より多くのユーザーと家電メーカーをつなげることを実現しています。
日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部:
日本郵政グループのネットワークには、約24,000局の郵便局があります。現時点(2023年12月)で、個社が運営する店舗数としては大手のコンビニエンスストア・チェーン店を上回る数となっています。この物理的アセットをどう生かすか。その着想から生まれたのが「JPショールーム」です。
「JPショールーム」は、街の郵便局の空きスペース等を「体験スペース」にすることを目指して、2022年2月に開始しました。Eコマースの商品やレンタルの商品など、事前に手に取ることの出来ない商品を気軽に体験(見る・触れる)できる郵便局内に設置された場です。
いろいろな企業の方と共創し、ユーザーに対してサービスや小売の体験をしていただくスペースとして、「RaaS(Retail as a Service=サービスとしての小売)」という先端のビジネスモデルを目指しています。
日本郵政株式会社 JP未来戦略ラボ マネジャー 塚本 幸太郎:
今はEコマースをはじめ、多くのものがオンラインで買える時代です。しかも動画で事前に情報を得ることも可能になり、かなりのことがオンラインで完結しています。その一方、「買う前に触ってみたい」という欲求も強まっているとも、感じています。
体験価値の需要に応え、体験の場を提供する。半ば、回帰的な現象とも言えるかも知れませんが、実際に触ってもらう場を提供するのが「JPショールーム」の役割でもあります。
実際にJPショールームの現場を見て印象的だったのは、展示してあるドライヤーを試用されたお客様が、すぐさま「これはどこで売っているのですか?」と郵便局の社員に聞いていた場面でした。気軽に試して、気軽に聞ける環境。これもJPショールームが提供している体験価値の一部です。
インタビュアー: 個別に存在していた「アリスプライム」と「JPショールーム」ですが、今回、JPショールームでアリスプライムのサービスを紹介することになりました。具体的にはどのように進んでいったのでしょうか?
日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部:
最初のきっかけは、日本郵政グループのCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)である日本郵政キャピタルからの紹介です。ピーステックラボは日本郵政キャピタルのポートフォリオ(出資先)にも入っており、その中でJP未来戦略ラボとのコラボレーション(共創)が、担当者の頭の中に浮かんだようです。わたしにとっても、アリスプライムの商品をJPショールームで紹介していくことは、自然な流れでした。
今回の企画では、最初に4つの郵便局を選びました。東京都内は渋谷郵便局・本郷郵便局・東京中央郵便局、そして、愛知県内は名古屋市の千種郵便局です。アリスプライムの商品ラインナップと来局する人の属性を勘案した結果です。
日本郵政 JP未来戦略ラボ 塚本: アリスプライムのお話を聞いたとき、これはJP未来戦略ラボの取組の一つでもある「サーキュラーエコノミー(循環経済)」にも通じるものだと思いました。アリスプライムのビジネスは、レンタルという側面もあるので、物流面で見ると、商品の発送・返送、両方の循環にかかわることが出来ると思ったのです。JP未来戦略ラボとしては、すぐお打ち合わせしたいと思うビジネスパートナーでした。
ピーステックラボ 代表取締役社長 村本:
日本郵政キャピタルのメンバーとは、月一回の定例ミーティングがあります。その中でショールーミング(実際の店舗などで商品を確認してから物品やサービスを買うこと)の話題が出ました。そして、JP未来戦略ラボを紹介していただくことになりました。
JP未来戦略ラボとの初回の打ち合わせのことは鮮明に覚えています。初回ですから、打ち合わせのはじめは、模索したり、思考を張り巡らせていたものの、終わる頃には次回の打ち合わせの日程を決めるぐらい、企画のイメージが出来上がっていきました。間違いなく価値のある取り組みになると思いました。
また、さきほど商品ラインナップと来局者の属性の話が出ましたが、わたしとしても、せっかくの場所に、せっかく来ていただいたのですから、出来るだけ多くの方に商品を試していただきたいと思いました。
株式会社ピーステックラボ マーケティングコミュニケーションチーム チーフ 梅田 大慶:
話がまとまってから、現場で展開するまではスピーディーでした。話が決まってからは一か月単位で、どんどん進んだのではないでしょうか。わたしは元々、店舗運営などの経験がありましたが、それにしても速い展開で驚きました。
そして、全てのJPショールームでアリススタイルの商品を置く担当になったわけですが、印象に残っているのは、JP未来戦略ラボのメンバーからの「できるだけ体験できる商品を置いて欲しい」の一言でした。人任せにしないで、ここまで「体験を売る」ことにコミットしている姿勢に感銘を受けました。
インタビュアー: 音楽業界や飲食業界では、商品やサービスではなく「体験を提供する」潮流があります。多くのものがオンラインで知ることが出来るようになった今、「体験」の価値が上がっているように思えますが「アリスプライム」「JPショールーム」が「体験」を通してユーザーに伝えたいことは何でしょうか?
ピーステックラボ 代表取締役社長 村本:
冒頭で、わたしたちの会社は「モノの貸し借りを通して、体験を平等に提供できる社会をつくる」ことを標榜しているとお伝えしましたが、まず「体験」することに高額のお金が必要ではないことをアリスプライムがインフラとして伝えていきたいと思っています。
また、今回の取り組みでは、郵便局で体験を提供できるのも大きいと思っています。先進的なモノやサービスには、いかんせん敷居が高いロケーションやプロモーションが付いてまわりがちです。郵便局という、ある意味「敷居の低い」場所で体験を提供できることは、体験の平等という意味でも大変意味があります。
その場所で、ユーザーが「次はどんなものに触ることができるのだろう」と期待を膨らませていくことが出来たら、どんなに素晴らしいことだと思いませんか。
日本郵政 JP未来戦略ラボ 塚本:
現在、一般的な郵便局のイメージは「日常」だと思います。そこに体験スペースが加わることによって「非日常」が、登場するわけです。来客された方には、ぜひ「非日常」を体験していただきたいです。
そして、日本郵政グループやJP未来戦略ラボは、その体験価値の向上に磨きをかけていく。するとお客様は、また来局したくなるわけです。その繰り返しを通して、郵便局が変わっていっている姿もお伝えしたいです。
インタビュアー:
さきほど「JP未来戦略ラボ」が出来たのは2021年7月とありました。当時のプレスリリースを見ると「共創プラットフォーム」の他に「イノベーションの創出」というキーワードも出てきます。
今回「JPショールーム」と「アリススタイル」が共創してサービスを展開しましたが、「イノベーションの創出」という観点からは、どのようなことを意識しましたか?
日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部:
若干、自虐的な物言いになりますが、日本郵政グループが提供するサービスの多くは、情報化社会やインターネットなどの技術発展によって、(クリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」の中で登場する)「破壊的イノベーション」を受ける側にいたと認識しています。
中でもデジタル技術やツールを駆使した「デジタルディスラプター(デジタル技術を駆使し、既存産業に破壊的イノベーションをもたらす企業)」によって、日本郵政グループを取り巻く環境は大きく変わりました。だからこそ、その「痛み」は良く分かっています。
JP未来戦略ラボでは、統計的なデータも見ながら、攻める側の立場になって考え、日本郵政グループが顧客に提供できる価値を見つめ直しました。この点で郵便局を含む物理的な店舗と物流のネットワークは、やはり大きな価値のあるアセットです。そして、昨今のサーキュラーエコノミー(循環経済)において、その二つが存在する意味は更に増していくと考えています。
もちろん、物理的な店舗と物流のネットワークというアセットだけで、ビジネスで優位に経つことが出来る時代ではありません。日本郵政キャピタルというCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の協力も得て、新たなパートナーと今回のような共創を続けていきたいと思っています。
そして、JP未来戦略ラボは、ちょっと先の2030年の未来を見据え、全くあたらしいものを創り出すシンボリックな存在でもありたいと思っています。
ピーステックラボ 代表取締役社長 村本:
わたしは2015年から3人の仲間と一緒に未来学研究会という会を開いています。その中でのテーマの一つに「2030年の経済を考える」というのがあります。
個人的な経験則もありますが、世の中の大きな変化は、革新的なテクノロジーの登場から30年ぐらい経過した後にやってくると思っています。
インターネットが爆発的に普及したのが、2000年前後ですから、2030年に大きなモメンタムが来ると見ています。その一つが「所有から利用への変化」、アリスプライムで提供しているサービスの本質です。言い換えると技術的なイノベーションが、ライフスタイルのイノベーションに波及するといったところでしょうか。
一方で、そのイノベーションが見えたとしても、スタートアップ企業・ベンチャー企業にはインフラ・顧客基盤といったアセットがありません。アセットが無い中で、市場を作ることは難しいです。そうした中、イノベーションを起こそうと危機感を持っているJP未来戦略ラボと組むことができたのは、非常に大きな意味を持っていると思います。
インタビュアー: 最後に、今回の共創で見えた互いの強みと、これからの可能性について教えてください。
ピーステックラボ 代表取締役社長 村本:
まず、JP未来戦略ラボと日本郵政グループのスピード感に驚きました。実は3、4年前から日本郵政グループ、特に郵便局を拠点に何かやりたいと思っていました。そんな漠然とした思いが、こんなに短期間で共創にまで至るとは正直思っていませんでした。
また、取り組みを通じて分かったのは、郵便局はサービス拠点であり「ある程度の滞在時間がある」ことです。時間の余白があるということは、お客様へのクロスセルの可能性も上がります。
郵便局は全国津々浦々にあります。日本が抱える課題、過疎化や地域のインフラ不足といった問題を、アリスプライムをはじめとするピーステックラボが提供するサービスを通じて解決していきたいです。全国どこでも、インターネットで見かけた家電製品を手に取ることができる、話題のおもちゃを見た子供が笑顔になる、そんな世界観を描いた「モノの図書館」を作りたいと思っています。
ピーステックラボ チーフ 梅田:
自然と潜在顧客にリーチできるのは、やはり郵便局の強みだと感じました。平日の夕方の18時ごろにJPショールームのある渋谷郵便局に行きましたが、20人ぐらいの方が座って待っていました。その中の一人が、アリスプライムのチラシを取って鞄に入れていきました。接客せずとも興味を持ってもらえるのは、とても価値があり、嬉しいことです。
また、JPショールームにはアリスプライムにアクセスするためのQRコード(二次元バーコード)を設置しているのですが、実際にそこからの会員登録も発生しています。ショー(見せる)だけでなく、その場でコンバージョン(会員登録)が発生しているのは、流石だと思いました。
現場担当の目から見ても、JPショールームの数や、日本郵政グループとの取り組みが増えれば増えるほど、可能性が拡がっていくと感じています。
日本郵政 JP未来戦略ラボ 塚本:
わたしはJPショールームを作るたびに、現地に出向いています。アリスプライムのブースを設置する準備をしているとき、現地の郵便局の社員から「面白いサービスですね」と言われました。良いサービスは、第一印象ですぐに分かるものだと思いました。
JPショールームで紹介していくサービス・商品は、強引にセールスや勧奨をするものではなく、待ち時間での体験(見る・触る等)や郵便局の社員とのちょっとした会話を通して、自然に消費者の中に届いていくものだと思っています。その意味においても、個別の施策を繰り返しながら、全国24,000局のネットワークに拡げていくことが出来るのは、大きな可能性を持っていると思います。
日本郵政 JP未来戦略ラボ 安部:
ピーステックラボ、アリスプライムでは「体験を平等に提供する」という世界観を目指されていると伺っています。この「平等に提供」という要素は150年あまりに渡ってユニバーサルサービスを提供してきた郵便局のコアバリューであり、得意とする分野です。
共創を進めるにあたって、両者に同じ世界観、シェアードバリューが根底に流れているというのは大きな強みです。
そして、平等の体験が出来る場として、郵便局に対して多くの方が「郵便局に行きたい」「郵便局を楽しみたい」と思っていただけるようにしたいと思っています。
インターネットオークションのeBay、空き部屋仲介のAirbnb、売り手と買い手の顧客を結びつけるビジネスモデルであるマルチサイド・プラットフォームは、驚異的な成功例を多く持つことから、多くの起業家があこがれるビジネスモデルである。
今回のアリスプライムとJPショールームの共創を「顧客」で分解すると、「アリスプライムのユーザー」と「全国24,000の郵便局」に加え、「アリスプライムに商品やサンプルを提供するメーカー」の存在がある。ユーザー数x郵便局、そこに何百というメーカーが乗数として積算される。アリスプライムとJPショールームの組み合わせは、マルチサイド・プラットフォームのビジネスモデルとして、大きな可能性を感じたインタビューであった。
文/株式会社キャリアインデックス執行役員 広報・IR担当 曽根 康司
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