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日本郵便・ゆうちょ銀行・かんぽ生命の集合体である日本郵政グループには、郵便局をはじめ、多くの施設が全国に存在する。施設では、日々、照明器具の故障にはじまり、空調設備の不良など、様々なことが起きる。そのような事象に対応するため、日本郵政建築(株)(旧日本郵政(株)施設部)では、施設の改修や修繕に関わる問合わせや依頼に応じる支社を全国8箇所に配置している。
日本郵政グループの日本郵政キャピタルでは、グループの各企業が運営するコンタクトセンターの顧客体験向上を目指し、DX知見やAI技術を保有する株式会社エーアイスクエアへ出資、連携を強化してきた。
今回、日本郵政建築、エーアイスクエアの関係者に、両者の取組みのきっかけと現在地、そして、これからの可能性について聞いた。
インタビュアー:
日本郵政グループには、郵便局だけでも全国に約24,000箇所あり、約38万人の従業員が働いています。また、郵便局には、日々、多くのお客様が足を運んでいます。郵便局をはじめとした施設では、日々の業務の中で、思いもよらない設備の不具合なども発生すると思いますが、日本郵政建築で担当している業務について教えてください。
日本郵政建築(株)プロジェクト管理本部 FM企画部 担当部長 土田真一郎:
日本郵政建築では、全国8箇所の支社と連携して、郵政グループの新築建物における企画・設計・工事監理業務を行っています。また、約5千の自社保有の施設や、全国2万以上の郵便局(簡易局を除く)における改修工事の調査・設計・工事監理業務なども行っています。
さらに、私の所属するプロジェクト管理本部では、計画的な改修工事の他、日常の設備故障・建物不具合による修繕工事を行っていますが、近年では、大雨、台風、地震など自然災害時の緊急対応も多く、年間約7万件の修繕工事に関わっています。
インタビュアー:
自社保有施設や郵便局だけで、かなりの数になりますが、自社保有の施設とは具体的にどのような建物でしょうか?また、修繕対応で多い事例があれば教えてください。
日本郵政建築(株)業務管理本部 経営企画部 部長 馬場正明:
まず、自社保有の施設には、大規模郵便局の局舎や支社屋や社宅、物流センター、そして逓信病院といったものもあります。
修繕対応の事例ですが、一般家庭の修繕のようにガラス割れ、水漏れといったものから、郵便局舎の大規模修繕といったものまであります。一件あたりの金額だと、数万円~数億円と、かなり幅が広いです。
最近は猛暑が続くこともあり、これからの時期は空調関係の修繕が多いです。また、修繕ではありませんが、時代を反映したところでいえば、配達用のEVバイク(電動バイク)の電源設置、増設といった改修工事も行っています。
インタビュアー: 日本郵政建築が全国8箇所の支社と連携する上での課題とは何でしょうか?
日本郵政建築 馬場:
支社と営繕(建築物の営造と修繕)の連携をする上で一番大きな課題は、「業務フローの統一化」です。
各拠点で行っている営繕の支援業務(営繕サポート業務)は、業務マニュアルに沿って行っていますが、拠点の独自の工夫により様々なルールが追加されている状態でした。この地域ごとの独自のルールが、「業務フローの統一化」の大きな障害となります。
また、細かなルールをまとめた資料があるわけでもなく、業務をしながら習得する形を取っていたため、担当者の異動により業務品質の維持が困難なケースも多々ありました。
インタビュアー: それらの経緯がAI活用による顧客体験の向上を得意とするエーアイスクエアへの連携につながったと思いますが、今回の取組みにおける、エーアイスクエアへの当初の期待とは何だったでしょうか?
日本郵政建築 土田:
最初に相談させていただいたのは、営繕サポート業務の集約化のご相談よりも、営繕サポート業務のうち、日本郵政建築㈱本社・支社が携わる重要な理由である「見積り審査」に関しての相談でした。
日本郵政グループでは、全国の郵便局を中心に、さきほど申し上げた通り、毎年約7万件の修繕工事が発生しています。日本郵政建築(株)本社・支社では、個々の修繕工事見積りに対し、技術的な審査(費用・作業工数などの適性さの確認)を行っていますが、各施設・設備の故障及び劣化状況、設備仕様、見積りを提出する工事業者の得意分野などにより、同様の修繕工事内容であっても、1つとして同じ見積りにはなりません。
その審査業務の負荷は、日本郵政建築㈱本社・支社にとって相当なものになっており、また、審査プロセスも暗黙知化されたノウハウが多く、体系化されにくいものでした。日本郵政グループのサービスとして継続するには、一定の品質を確保することが肝要です。品質の維持をいつまでも暗黙知に頼っていては、いずれ、ほころびが出るでしょう。
この暗黙知の顕在化・体系化について、AIをはじめとした革新的な技術を適用できないかと、相談を持ち掛けたのが、今回の取組みのきっかけです。
インタビュアー: エーアイスクエアでは、日本郵政建築からの相談に対して、どのような支援が出来ると思いましたか?
(株)エーアイスクエア 執行役員 営業部 部長 金澤光雄:
日本郵政キャピタルに出資をしていただいてから、日本郵政グループ各社のコンタクトセンター管轄部署の方々にご挨拶をしました。その一つに日本郵政建築(株)(旧日本郵政(株)施設部)もありました。
よく覚えていますが、最初のご相談は、土田様からのメールでした。
お話を伺ったところ、AI活用以前に、実業務に課題があることが分かりましたので、「無理にAIサービスを導入するのではなく、実態を整理すべき」と、ご提案させていただきました。
他社でもよくある話ですが、「AI活用がしたい」「AIを導入したい」というご相談に対し、お話を伺うと、それ以前の整理が必要なケースが多々あります。
例えば、「AIに投入するナレッジがそもそもない」ことや「属人化した運営でどの部分をAIに置き換えたいのか分からない」などの話はよくある話です。弊社はこれまでもそのような事例に対応してきましたので、日本郵政建築(株)(旧日本郵政(株)施設部)様からご相談があった際には、AIサービスの導入ではなく、課題に合わせた現実的な提案をさせていただきました。
インタビュアー: AI活用を起点に考えていた日本郵政建築(株)(旧日本郵政(株)施設部)からすると、若干戸惑う提案にも見えますが、日本郵政建築(株)(旧日本郵政(株)施設部)内部は、どのような反応だったでしょうか?
日本郵政建築 土田:
「変化球が返ってきたな」というのが、率直な印象でした。一方、案件受注のために美辞麗句を並べた提案を受けるよりも、現実的な解を提案していただいたことで、逆に「これはいける」と思ったのも確かです。また、エーアイスクエアにはコールセンターの知見が溜まっているのも心強い点でした。
当初の構想では、暗黙知の顕在化手段としてAIを活用できれば、全国の支社業務負荷が軽減され、その先に業務そのものの集約化が見えてくると想定していました。社内で検討をしていたところ、その分野に日本郵政キャピタルが出資をするという情報を得て、相談してみました。
最初の打合せでは、AIの活用とFAQツールとしてAIチャットボットなどがメインでしたが、話をよく聞いてみると、エーアイスクエアは、主力業務としてコールセンターの構築を行っており、実務にも精通していることがわかりました。
また、営繕サポート業務の内容を精査してもらったところ、業務集約化のためには、業務フローの整理が大前提であり、ナレッジの顕在化、そのためのAIの活用は手段の1つにすぎないことを指摘されました。実務を踏まえた非常に説得力のある指摘を受けて、このパートナーシップなら互いに信頼して進めていけると確信しました。
インタビュアー: 「実態を整理すべき」とありましたが、具体的にはどこから取組んだのでしょうか?
エーアイスクエア 金澤:
8箇所の支社で行っている営繕サポート業務の一部を集約化に向けて支援をすることになり、まず、全体を整理したナレッジがないことや、運営にかかっている定量的なデータがほぼ存在しないことが分かりました。
また、各拠点で独自のマニュアルに基づく対応や、「ローカルルール」が存在していることも分かりました。そのため、実態整理と課題の洗い出しを行うため、全支社を訪問し、調査を行いました。
調査の結果、業務全体の流れや各拠点の違い、集約時の課題なども把握出来たため、業務フローや課題と解決策をまとめた、80ページほどの報告書を提出しました。
集約化に向けて、主に3つの改善ポイント、「問合わせの流入元の整理と改善」「受電の俗人化の解決」「ペーパーレス」をご提案したのですが、それを機に具体的な施策実行に移っていくことが出来たと考えています。
インタビュアー: 具体的にどのような成果が出はじめていますか?
(株)エーアイスクエア 取締役 堀 友彦:
営繕サポート業務の一部集約化は進行中のため、まだ具体的な成果を大きな声で言えるタイミングには至っておりませんが、集約化に向けた情報整理やツールの導入、利用しているシステムの改修とユーザビリティの向上は、現時点で見える成果と言えると思います。
今後は「集約化によるコスト削減」や「顧客体験向上に向けた改善活動」をウォッチしていく必要があると考えています。営繕サポート業務の集約化が完了した際には、AIの活用やデジタルツールの活用機会が見えてくるでしょう。
インタビュアー: 取組みはまだ始まったばかりだと思いますが、今後の拡がりや、取組みをきっかけとして起きて欲しい事はありますか?
エーアイスクエア 金澤:
支社業務の一部集約化によって、問い合わせの応対ログが蓄積されはじめています。現在は人による記録がメインですが、音声認識と生成要約を活用することで、記録作業の効率化が実現できると考えています。
また、データ量が多くなると、生成AIによる問い合わせ内容の解析も可能になりますので、生成AIチャットボットを導入し問い合わせを減らすことが出来たり、個別事象の洗い出しなどが出来るようになると考えてます。すなわち冒頭で出た課題、「業務フローの統一化」に近づいていくことになります。
エーアイスクエア 堀:
今後は、個別事象への対応が課題として残ると思いますが、その解決法の一つとして、現在の生成AIの使い方の一つであるRAG(ラグ:Retrieval-Augmented Generation)があると思います。
RAGとは、回答の幅を限定するようにして、より求めている答えに近づける方法です。たとえば、「空調を直すには?」と質問を入れたとき、質問者の立場によって回答は異なります。質問者が施設関係者であれば、連絡先を答える必要があるでしょうし、質問者が工事・修繕関係者であれば、具体的な直し方を答える必要があります。
個別事象に対応できるよう入力者の情報や状況を合わせて入力するようにガイダンスしながら入力するようなサポートによって、取組みに拡がりが出てくると思います。
他には、通販の受注のようなコンタクトセンターではなく、修理修繕、お悩みサポートといったような、比較的、一回の応答時間が長いタイプの部門にはどんどん提案していきたいと考えています。
応答時間が長いということは、コストも多くかかっているわけで、ソリューションの導入企業から見た際にコスト効果も大きいわけです。結果として、喫緊の課題である人手不足、オペレーターの人不足にも対応できます。
日本郵政建築 土田:
収集したデータを物理的なデータ、例えば建物や構造物の仕様の情報と修繕の情報を紐づけることができれば、台風シーズンが来る前に予防的措置が取るようなことも可能だと思います。
さらに知見を一般化していくことができれば、日本郵政グループ以外の建物にも適用できるでしょう。たとえば、自治体の建物などには適用できる可能性が大きいと思います。
日本郵政建築 馬場: 予防的処置という見地では「壊れてから直す」と「壊れる直前に直しておく」では、コスト面で大きな違いがあります。故障や不具合の履歴と照らし合わせて壊れる直前にタイミングよく修繕を行うことができれば、計画的な予算組みが可能になることに加え、重要な設備が壊れることによる休業等の事業機会のロスも防ぐことができます。今回の取り組みを起点にコストも含めた業務面の最適化と顧客満足度の向上につなげていきたいと考えています。
年間7万件の修繕工事と聞いて、電卓を叩いたら一日あたり約192件の修繕工事が発生している計算となることに驚いた。常に日本のどこかで修繕工事が行われていることになる。(蛇足だが、年間の書籍の発刊数も約7万点である。)
さらに、工事要件には、日本郵政グループ全体で取り込むESG・サステナビリティの流れに沿ったEV化施設の拡充といったものを、ダイナミックに組み入れていく必要が出ている。今後、日本郵政グループの施設を訪れた際は、施設運営を支えている日本郵政建築のサポートを想像しながら利用したいと思ったインタビューであった。
文/株式会社キャリアインデックス執行役員 広報・IR担当 曽根 康司
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