Synergyシナジー

Synergy

テクノロジーで観光の原石を掘り起こせ
~社会課題に正面から向かいあう意味ある新産業の共創~

  • (左)matsuri technologies株式会社
     代表取締役 吉田 圭汰 氏

  • (右)日本郵政キャピタル株式会社
     シニアマネージャー 井形 晋太郎 氏

まえがき

まえがき

日本政府観光局によると、訪日外国人観光客は2019年に3,188万人に達した(※1)。2020年は新型コロナウイルスの影響で一気に減ったものの、2024年4月には単月で304万人となり、2024年1月~4月の四か月間で1,160万人の観光客が来日している(※2)。この勢いを見ると、2019年の記録を更新するのも時間の問題と思われる。

一方、日本全国の宿泊施設の数は約6万7千施設であり、より多くの観光客を受け入れるには、キャパシティ、宿泊施設の数が問題となってくる。日本宿泊施設の稼働率は約60%(※3)となっている。余力があるようにも見えるが、稼働率を上げるには、人的リソースの手当が必要になり、今度は人不足問題が出てくる。

今回の対談では、ソフトウェアを主軸に、空間の価値を最大化するソリューション「StayX」で「物件の無人管理」を実現したmatsuri technologies(マツリ・テクノロジーズ)の代表取締役 吉田 圭汰と、2024年6月13日に同社への出資を発表した日本郵政キャピタルのシニアマネージャー井形 晋太郎の両氏が、新産業の共創の意義と今後の成長について語った。

観光立国の礎の一助になる

観光立国の礎の一助になる

インタビュアー: matsuri technologiesが解決したい大きな課題とは何でしょうか?

matsuri technologies 代表取締役 吉田 圭汰 氏: 私のスマホの待ち受け画面は何かご存じですか?
「日本の人口推移のグラフ」なんです。明治維新の頃には3,000万人程度だった日本の人口が、高度成長期を迎えて一気に1億人を超え、今、減少の危機を迎えています。

新聞を読んでも、テレビを見ても、人口減少については、暗い話題になりがちだと思いますが、私は解決の糸口の一つとして、訪日観光客があると思っています。

日本の観光資産を生かして、訪日観光客に外貨を落としてもらう。そこに近づくためにmatsuri technologiesでは、民泊をより手軽に提供できるようにソフトウェアでソリューションを提供しつつ、管理のリソースも提供することで、観光立国の礎の一助になりたいと思っています。

人口減少のもう一つの問題は、インフラの老朽化に対して、投資が出来なくなる点です。オーバーツーリズムなどの問題はありますが、訪日観光客を積極的に受け入れないと、経済循環の停滞を招き、知らないうちに自分たちの生活環境が悪化、人が離れ、町が消失するような事態にもなりかねません。将来的に、matsuri technologiesでは訪日観光客が地域経済の起動装置となることをサポートし、さらなる発展の力になりたいとも考えているのです。

一方、民泊の規制面では、一つの施設が180日しか営業できないという「180日ルール」や、市区町村で制限をかけることが出来るといったこともあり、地域毎にグラデーションがあるのは確かです。

今を守るために、将来価値を毀損するようなことにならないように提言をしていきたいと考えています。

「合理的でない批判」は、ビジネスチャンス

「合理的でない批判」は、ビジネスチャンス

インタビュアー: 事業の出だしや、オペレーションは順調でしたか?

matsuri technologies 吉田氏: このビジネスをはじめた当初は、根拠もなく「無理だ」「上手くいくはずがない」「前例がない」といった声を多く聞きました。とはいうものの、私自身はアメリカでは民泊が2割以上あり、民泊物件をREIT(リート:不動産投資信託)として、投資対象とする流れもあることを把握していました。「合理的でない批判」は、ビジネスチャンスという言葉を思い出し、これはいけると思っていました。

日本郵政キャピタル シニアマネージャー 井形 晋太郎氏: matsuri technologiesの素晴らしいところの一つは、無人管理ソフトウェアというテクノロジーの価値だけでなく、宿泊地におけるオペレーションの提供、継続的改善というリアルの価値も提供している点があります。無人で民泊物件を管理することのイメージは多くの人が出来ると思いますが、いざ、オペレーションに落とし込んでサービスを提供するとなると、別次元の難しさがあると思っています。

日本郵政グループでは、2024年5月15日に「JP ビジョン2025+(プラス)」を策定しました。これは、2021年5月に策定した中期経営計画「JP ビジョン2025」のブラッシュアップ版ともいえるものですが、その中の成長戦略において「不動産事業」には多くのページが割かれています。日本郵政不動産としては計約5,000億円の不動産投資を予定しているほか、ゆうちょ銀行の不動産投資は足許約4.3兆円まで拡大、かんぽ生命のオルタナティブ投資は約1.6兆円まで増加(うち半分を不動産・インフラのアセットが占めている)していますが、「JP ビジョン2025」の成長戦略とmatsuri technologiesの成長戦略が絡み合って、相互に成長する姿を考えるのは非常に楽しみです。

観光の原石を掘り起こす

観光の原石を掘り起こす

インタビュアー: すでに2,000件以上の宿泊施設を運営されているそうですが、更なるチャレンジはありますか?

matsuri technologies 吉田氏: 将来的にmatsuri technologiesは、訪日客の行先の多様化を支援し、オーバーツーリズムの解消にも寄与したいと思っています。人気の地域や史跡に訪日観光客が集中するのには、理由があります。宿泊施設の数です。泊まるところがなければ、観光客は来ません。

matsuri technologiesが、より広域の、より多くの宿泊施設を支援することによって、観光客の分散を図ることが出来るでしょう。

また、matsuri technologiesがソリューションを提供している宿泊施設は、世界中の人が利用する民泊予約サイトであるAirbnbから予約できます。この影響は大きく、従来の国内旅行中心の予約サイトとは客層が異なるのです。

一例を挙げると、伊豆の赤沢では、いままでは比較的年齢が高めの方の予約が多かったのに、急に若者が来るようになったそうです。集客チャネルが違うということです。

人口戦略会議によると2050年には4割の街が無くなるとも言われています(※4)。matsuri technologiesのソリューションが多くの地域で使われることによって、旅行客が観光の原石を見つけることをお手伝いしたいと思っています。

新産業共創への想い

新産業共創への想い

インタビュアー: 今回の出資に対する特別な想いはありましたか?

日本郵政キャピタル 井形 氏: 日本郵便子会社Tollの米国拠点に出向していた際、既存のフォワーディング事業(B2B)に個宅配送のサービスを付加し、B2B2Cの新サービスを創り上げる機会に恵まれました。日米の異なる組織・企業をつないで新しいサービスを作ることをリードしたことで、新しい価値を創造する素晴らしさを実感し、日本でも何か新しい価値創造をしたいと想いを持っていました。

そこで出会ったのが、matsuri technologiesでした。新しい価値の創造だけに留まらず、新しい産業の創造に取り組んでいるビジネスパートナーに出会えたわけです。

日本郵政キャピタルの出資・シナジー創出を振り返ると不動産関連のものは少なかったので、正直、当初は確度が低いかもしれないと思っていました。

そんな中、日本郵政グループ内で不動産に関連するメンバーと知り合う機会があり、前向きなフィードバックや協業アイデアの構想にも後押しされ、今回の出資につながりました。

そして、なにより、みんなが応援したくなる吉田さんの人柄に触れることが出来たものも、この仕事をする上で、大きな喜びでした。

2050年に向けた拡がり

2050年に向けた拡がり

インタビュアー: 2050年に向けて、matsuri technologiesの拡がりは、どういったものがありますか?

matsuri technologies 吉田氏: 日本の国土を見渡すと、宿泊施設に転用可能な建物は数多くあります。地元の名士の方が所有されている建物もあるでしょう。そういった方々にmatsuri technologiesを活用した民泊をどう知ってもらうか。課題は大きいですが、その分、拡がりは大きいです。

これもまた一例ですが、山形県の鶴岡市にある羽黒山の五重の塔は、交通のアクセスが悪く、2050年には人手不足で宿泊施設に人を泊められないかもしれません。

私は、この1,000年の歴史がある荘厳な建物の魅力をもっと多くの方に感じてもらいたいと思っています。そのためには宿泊施設の充実や交通手段の拡充が不可欠です。ライドシェアの解禁と当社の宿泊施設の無人管理のテクノロジーがあれば、2050年の羽黒山には人があふれているかもしれません。

日本全国の物件や観光資源にかかわる方に、自身の観光資源の素晴らしさと、それを伝える手段としての、テクノロジーと当社のソリューションをもっと知ってもらいたいと思います。

日本郵政キャピタル 井形 氏: 日本郵政グループには、24,000の郵便局を含む多くの拠点があります。車両もバイクからトラックまで多く所有しています。宿泊と移動の基盤はあるわけです。今後、日本郵政グループ内のアセットの活用を考える上で、matsuri technologiesとの連携は、常にスコープに入ってくると思います。

インタビュアー: AI(人工知能)の発展とmatsuri technologiesの関係は、どうでしょうか?

matsuri technologies 吉田氏: 2050年には、AIの発達で旅行の仕方も変わると思っています。
特に翻訳関連は影響が大きいと思います。すでに、海外からの旅行客の中には、現地の観光ガイドやウエブサイトではなく、日本語で書かれた観光ガイドやウエブサイトを現地の言葉に翻訳して、読んでいる人もいます。ディープな情報を吸収できることによって、より多くの訪日観光客が「本当の日本」を探しに来るでしょう。

日本郵政キャピタル 井形 氏: AIや仮想空間の規模が大きくなればなるほど、相対的にリアルの価値が増大すると思っています。旅行、宿泊の体験価値は下がることはないでしょう。新産業の創造を通じて、人々の生活が豊かになる世界をつくっていきたいと思っています。

あとがき

あとがき

イタリアという国は、人口は約6,000万人に対し、その倍の1億3,400万人が旅行に訪れているそうだ(※5)。AI(人工知能)・メタバース(仮想空間)といった新技術が発展すればするほど、人々はリアルの活動、イベントに意義を見出すであろう。日本でもいつか、日本人口以上の来日観光客が訪れる時代が来るかも知れない。そのとき、日本の持つ観光アセットを最大限に生かすためには、何をすべきか、非常に示唆に富む対談であった。

脚注

※1 日本政府観光局 年別 訪日外客数, 出国日本人数の推移
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/marketingdata_outbound_2022.pdf

※2 日本政府観光局 訪日外客数(2024 年 4 月推計値)
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/20240515_monthly.pdf

※3 観光庁 宿泊旅行統計調査(2024年3月・第2次速報、2024年4月・第1次速報)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001745073.pdf

※4 令和6年・地方自治体「持続可能性」分析レポート
https://www.hit-north.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/04/01_report-1.pdf

※5 外務省 イタリア共和国 基礎データ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/italy/data.html

テクノロジーで観光の原石を掘り起こせ<br><font size=6>~社会課題に正面から向かいあう意味ある新産業の共創~</font>

文/株式会社キャリアインデックス執行役員 広報・IR担当 曽根 康司

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